輸出で売り上げを上げている家電業界は、為替の影響をもろに受けてしまうんですね。
たまに、日銀が為替対策を講じますが、一時的に円安になるだけで、結局は円高に戻ってしまいますよね。
なぜ日銀は金融政策に消極的なのでしょうか。
理由はよくわかりませんが、このまま円高が続けば、どっちみち他の家電企業が次々と赤字を出してしまいますよね。
一日も早い対策を求めたいですね。
家電業界は売り上げ増減の8割が為替で決まる。1ドル=80円を放置して、経営者ばかりを責めるのは「木を見て森を見ず」だ。/高橋 洋一(現代ビジネス 11月5日)
大手電機8社の2012年9月中間連結決算が1日出そろった。売上高は、NECとソニーが微増横ばいのほか6社は前年同期比でパナソニック▲9.2%、シャープ▲16%など▲1%~▲16%の減少、最終損益では、パナソニック▲6851億円、▲3875億円など+436億円~▲6851億円と業績不振になっている。
マスコミは、パナソニック・シャープの業績不振を経営判断の誤りとして報じている。この現代ビジネスでも、井上久男氏が優れたレポートを出している。
綿密な取材をしたのだろう。過去の過大な投資の失敗を指摘し、経営トップの判断間違いを浮き彫りにしている。経営学的な見方から個々の企業の事情を見れば、そのとおりだろう。
本コラムでは、まったく違う視点から、業界全体が抱える問題点を指摘してみよう。その手法は、経済学なので、個別企業の経営問題は捨象される。個々の企業の業績を集計することで、業界全体の共通課題がでてくる。当事者に取材するのと違って、業界全体の統計を駆使して、分析するわけだ。経営に失敗した当事者の話を聞いても、不都合なことや、逆に自己保身と思われるようなことは聞き出せないことが多い。
*** ゴーンは「1ドル=80円では海外に行かざるをえない」と指摘した ***
筆者が奇妙に思うのは、マスコミの報道では業績不振に陥った企業経営者の話として、円高についてほとんど書かれていないことだ。筆者も仕事柄、経営者と話をすることが多い。その中で、円高について語る人は実に多い。しかし、経営に失敗した経営者がその主要な原因として円高をあげることはほとんどない。仮に語っても、自分の経営責任を他に転嫁するものと思われて、マスコミでは取り上げてもらえないのではないか。
円高を指摘した経営者もいた。ところが、ほとんどのマスコミでは取り上げられず、経営失敗と報じられた。そのいい例が、2月27日、会社更正法の適用を東京地方裁判所に申請したエルピーダメモリだ。27日の記者会見で、坂本幸雄社長はつぎのようにいった。
「為替については、リーマンショック前と今とを比べると、韓国のウォンとは70%もの差がある。70%の差は、テクノロジーで2世代先に行かないとペイしない。為替が、完全に競争力を失わせている。70%の差はいかんともしがたい。それを除けば、エルピーダのDRAMの損益は圧倒的にいい。為替変動の大きさは、企業の努力ではカバーしきれないほどだ」
日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者(CEO)も、10月30日、世界経営者会議において政府・日銀の円高対策について「努力するだけでなく、結果を出さなければ評価されない」とし、「現在の円は過剰評価されており、1ドル=80円という現在の水準は異常。企業として生き残るためには生産コストが安い海外に進出せざるを得ない」と主張した。
日産は円高対策が進んでいる企業として有名だ。しかもゴーン氏の経営手腕はその実績が示しているが、円高に言及しないマスコミ、経営アナリストが絶賛している。それにもかかわらず、勝ち組のゴーン氏からこうした円高批判がでている。負け組になっていなかったらこそ、責任転嫁といわれずに、円高が問題と主張できたのだろう。
*** 家電業界の損益分岐点は1ドル=80円 ***
そこで、業界全体の統計データから、業界に共通する円高がどの程度経営に影響しているかを、数量分析してみよう。データは法人企業統計の電気機械器具製造業だ。データの制約から、2004年4-6月期から2012年4-6月期をみる。その間の売上高と6ヶ月前の為替レート(円ドル)との関係を見ると、その相関係数は0.81だ。これは、家電業界の売上高の増減の8割は為替で決まってくるとみることができる。為替が1円安くなると業界で4000億円の売上増になる。
当然のことながら売上は損益に大きく影響する。これも法人企業統計を分析するとわかるが、売上高28兆円程度が家電業界全体の損益分岐点になる。そこで、損益分岐点になる為替レートを求めると、1ドル=80円だ。この水準になると、それでもやっていける個別企業はあるが、業界の平均点以下の企業になると、経営が苦しくなるだろう。そうした企業にとっては、1ドル=100円なら許されたことも、致命傷になる。
マスコミでは、個別会社の投資の失敗、経営の問題を指摘するが、投資の失敗は外部環境を読み切れない場合に起こる。それが為替では悔やんでも悔やみきれないだろう。一般に政府は為替レートは市場で決まると言い、マスコミもそれを鵜呑みにして、為替レートがあたかも天から降ってきたように「与件」のように報じる。
しかし、本コラムの読者であれば、為替レートは、両国間の金融政策の差、特に通貨量の比でだいたい決まってくることを知っているだろう(2011年8月22日付け「史上最高値を突破した円高につける薬はある 為替を読む『高橋法則』と民主党代表選の見方」)。なお、財務省による為替介入によって、為替レートがきまるというのは、全く誤りであることもこれまで書いてきた。
この原理を知っていれば、本来政府は過度な円高を避けるように対処すべきである。
実際、筆者が官邸などで経済政策を担当していた小泉・安倍政権では、竹中平蔵経済財政担当相や中川秀直自民党幹事長と協力しながら、為替レートを1ドル=120円程度にキープしていた。
こうした為替レートをその後の政権でも維持されるだろうと、経営者が思うのは自然だ。悪いのは、その後の政権である。日銀が全く無策でマネーを増やさなかったことだ。その一方、リーマン危機後はFRBをはじめ海外の中央銀行はマネーを増やし、理論通り円高になった。
もし各社の設備投資計画が、政府の合理的な行動を前提にしていたとすれば、政府の不合理な行動により裏切られた場合、経営の失敗の一言で片付けられるのか。
*** 本当に悪いのは誰なのか ***
家電業界のように、為替で8割も売上高が決まるなら、各社の経営判断は為替の動きに飲み込まれてしまう。そうした無用の心配をしなくても済むように、為替を適正水準で安定させることが、筆者は政府・日銀の責務だと思っている。
こうしたマクロ経済の背景や政策の失敗を念頭に置きながら、個別企業のレポートを読んだらいい。そうしないと、「木を見て森を見ず」になってしまう。
マクロ経済と個別企業の業績はまったく別の話ではない。マスコミ報道だけ見ていると、後者しか見えない。マクロ経済と個別企業の経営は、ちょうど全国テストの平均と自分のテスト結果との関係に似ている。
例えば、金融政策を適切に行い為替を1ドル=120円にキープしていれば、良好な環境を個別企業に提供できる。これは、良質な全国テストを出題して、平均点70点にして、真面目に勉強した生徒は50点以上を取れるようにすることだ。
しかし、下手な金融政策で為替が1ドル=80円になってかなりの企業によって経営努力では超えがたい環境になる。これは、滅茶苦茶難しい問題を全国テストで出し、平均点20点で、真面目に勉強してきた生徒でも20点しかとれないようにすることだ。
一連のマスコミ報道を見ていると、平均点20点のテストであることを報道しないで、20点を取った生徒に、勉強が足りないと叱っているのと同じようだ。本当にダメなのは、20点をとった生徒ではなく、そうしたテストを出した人だ。
たまに、日銀が為替対策を講じますが、一時的に円安になるだけで、結局は円高に戻ってしまいますよね。
なぜ日銀は金融政策に消極的なのでしょうか。
理由はよくわかりませんが、このまま円高が続けば、どっちみち他の家電企業が次々と赤字を出してしまいますよね。
一日も早い対策を求めたいですね。
家電業界は売り上げ増減の8割が為替で決まる。1ドル=80円を放置して、経営者ばかりを責めるのは「木を見て森を見ず」だ。/高橋 洋一(現代ビジネス 11月5日)
大手電機8社の2012年9月中間連結決算が1日出そろった。売上高は、NECとソニーが微増横ばいのほか6社は前年同期比でパナソニック▲9.2%、シャープ▲16%など▲1%~▲16%の減少、最終損益では、パナソニック▲6851億円、▲3875億円など+436億円~▲6851億円と業績不振になっている。
マスコミは、パナソニック・シャープの業績不振を経営判断の誤りとして報じている。この現代ビジネスでも、井上久男氏が優れたレポートを出している。
綿密な取材をしたのだろう。過去の過大な投資の失敗を指摘し、経営トップの判断間違いを浮き彫りにしている。経営学的な見方から個々の企業の事情を見れば、そのとおりだろう。
本コラムでは、まったく違う視点から、業界全体が抱える問題点を指摘してみよう。その手法は、経済学なので、個別企業の経営問題は捨象される。個々の企業の業績を集計することで、業界全体の共通課題がでてくる。当事者に取材するのと違って、業界全体の統計を駆使して、分析するわけだ。経営に失敗した当事者の話を聞いても、不都合なことや、逆に自己保身と思われるようなことは聞き出せないことが多い。
*** ゴーンは「1ドル=80円では海外に行かざるをえない」と指摘した ***
筆者が奇妙に思うのは、マスコミの報道では業績不振に陥った企業経営者の話として、円高についてほとんど書かれていないことだ。筆者も仕事柄、経営者と話をすることが多い。その中で、円高について語る人は実に多い。しかし、経営に失敗した経営者がその主要な原因として円高をあげることはほとんどない。仮に語っても、自分の経営責任を他に転嫁するものと思われて、マスコミでは取り上げてもらえないのではないか。
円高を指摘した経営者もいた。ところが、ほとんどのマスコミでは取り上げられず、経営失敗と報じられた。そのいい例が、2月27日、会社更正法の適用を東京地方裁判所に申請したエルピーダメモリだ。27日の記者会見で、坂本幸雄社長はつぎのようにいった。
「為替については、リーマンショック前と今とを比べると、韓国のウォンとは70%もの差がある。70%の差は、テクノロジーで2世代先に行かないとペイしない。為替が、完全に競争力を失わせている。70%の差はいかんともしがたい。それを除けば、エルピーダのDRAMの損益は圧倒的にいい。為替変動の大きさは、企業の努力ではカバーしきれないほどだ」
日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者(CEO)も、10月30日、世界経営者会議において政府・日銀の円高対策について「努力するだけでなく、結果を出さなければ評価されない」とし、「現在の円は過剰評価されており、1ドル=80円という現在の水準は異常。企業として生き残るためには生産コストが安い海外に進出せざるを得ない」と主張した。
日産は円高対策が進んでいる企業として有名だ。しかもゴーン氏の経営手腕はその実績が示しているが、円高に言及しないマスコミ、経営アナリストが絶賛している。それにもかかわらず、勝ち組のゴーン氏からこうした円高批判がでている。負け組になっていなかったらこそ、責任転嫁といわれずに、円高が問題と主張できたのだろう。
*** 家電業界の損益分岐点は1ドル=80円 ***
そこで、業界全体の統計データから、業界に共通する円高がどの程度経営に影響しているかを、数量分析してみよう。データは法人企業統計の電気機械器具製造業だ。データの制約から、2004年4-6月期から2012年4-6月期をみる。その間の売上高と6ヶ月前の為替レート(円ドル)との関係を見ると、その相関係数は0.81だ。これは、家電業界の売上高の増減の8割は為替で決まってくるとみることができる。為替が1円安くなると業界で4000億円の売上増になる。
当然のことながら売上は損益に大きく影響する。これも法人企業統計を分析するとわかるが、売上高28兆円程度が家電業界全体の損益分岐点になる。そこで、損益分岐点になる為替レートを求めると、1ドル=80円だ。この水準になると、それでもやっていける個別企業はあるが、業界の平均点以下の企業になると、経営が苦しくなるだろう。そうした企業にとっては、1ドル=100円なら許されたことも、致命傷になる。
マスコミでは、個別会社の投資の失敗、経営の問題を指摘するが、投資の失敗は外部環境を読み切れない場合に起こる。それが為替では悔やんでも悔やみきれないだろう。一般に政府は為替レートは市場で決まると言い、マスコミもそれを鵜呑みにして、為替レートがあたかも天から降ってきたように「与件」のように報じる。
しかし、本コラムの読者であれば、為替レートは、両国間の金融政策の差、特に通貨量の比でだいたい決まってくることを知っているだろう(2011年8月22日付け「史上最高値を突破した円高につける薬はある 為替を読む『高橋法則』と民主党代表選の見方」)。なお、財務省による為替介入によって、為替レートがきまるというのは、全く誤りであることもこれまで書いてきた。
この原理を知っていれば、本来政府は過度な円高を避けるように対処すべきである。
実際、筆者が官邸などで経済政策を担当していた小泉・安倍政権では、竹中平蔵経済財政担当相や中川秀直自民党幹事長と協力しながら、為替レートを1ドル=120円程度にキープしていた。
こうした為替レートをその後の政権でも維持されるだろうと、経営者が思うのは自然だ。悪いのは、その後の政権である。日銀が全く無策でマネーを増やさなかったことだ。その一方、リーマン危機後はFRBをはじめ海外の中央銀行はマネーを増やし、理論通り円高になった。
もし各社の設備投資計画が、政府の合理的な行動を前提にしていたとすれば、政府の不合理な行動により裏切られた場合、経営の失敗の一言で片付けられるのか。
*** 本当に悪いのは誰なのか ***
家電業界のように、為替で8割も売上高が決まるなら、各社の経営判断は為替の動きに飲み込まれてしまう。そうした無用の心配をしなくても済むように、為替を適正水準で安定させることが、筆者は政府・日銀の責務だと思っている。
こうしたマクロ経済の背景や政策の失敗を念頭に置きながら、個別企業のレポートを読んだらいい。そうしないと、「木を見て森を見ず」になってしまう。
マクロ経済と個別企業の業績はまったく別の話ではない。マスコミ報道だけ見ていると、後者しか見えない。マクロ経済と個別企業の経営は、ちょうど全国テストの平均と自分のテスト結果との関係に似ている。
例えば、金融政策を適切に行い為替を1ドル=120円にキープしていれば、良好な環境を個別企業に提供できる。これは、良質な全国テストを出題して、平均点70点にして、真面目に勉強した生徒は50点以上を取れるようにすることだ。
しかし、下手な金融政策で為替が1ドル=80円になってかなりの企業によって経営努力では超えがたい環境になる。これは、滅茶苦茶難しい問題を全国テストで出し、平均点20点で、真面目に勉強してきた生徒でも20点しかとれないようにすることだ。
一連のマスコミ報道を見ていると、平均点20点のテストであることを報道しないで、20点を取った生徒に、勉強が足りないと叱っているのと同じようだ。本当にダメなのは、20点をとった生徒ではなく、そうしたテストを出した人だ。
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